3.表明保証保険をTOB案件で活用するにあたっての論点
① 表明保証条項の存在
本保険は、一般的に株式譲渡契約書の中での売主の表明保証の違反により、買主が被った損害をてん補する保険である。そのような中で、契約書の中で表明保証条項が存在するとの前提で、第三者割当・持ち分譲渡・地位譲渡・資産譲渡などの取引に対しても、本保険の活用が可能である。
TOB案件の場合は、買付者は成立の可能性を高めるために、TOBの対象とする株式の発行会社やその大株主との間で、各当事者の権利・義務を定めた契約を締結することがある。大株主がTOBに応募することを義務付ける応募契約、大株主がTOBに応募せず発行会社に株式を売却しその後発行会社に自己株消却をさせる旨を定める契約、大株主が買付者となり発行会社との間で締結する二者間契約などの様々な契約(以下、これらを総称して「TOB契約」が考えらえる。このように、何らかのTOB契約が締結され、その中に表明保証条項を盛り込むことが可能であれば、TOB案件でも本保険の活用は理論上可能となる。
その際、問題となるのが、誰が表明保証をするかという点である。大株主が発行会社の事業内容を十分に把握している場合には、大株主にTOB契約の中で発行会社に関する事項(財務諸表、税務、その他)につき表明保証をさせるのが自然である。他方、大株主でありながら発行会社の事業内容をあまり把握できていない場合には、発行会社またはそのマネジメントに表明保証をさせるといった方法も選択肢となり得る。
② デューデリジェンス(DD)の実施
保険会社がTOB案件に消極的であった理由の一つは、買付者が大株主や発行会社から十分な情報開示を受けらない、また買付者側で十分なDDが実施できない可能性が高いという点である。保険会社は、非公開会社の株式譲渡の場合は買主側で行われたDDの内容を見て本保険の引受の是非を判断するため、TOB案件の場合も買付者で十分なDDができていないと、本保険の引受が難しくなる。
国内のTOB案件とは少し話がずれてしまうが、この点に関し英国系の法域(UK、オーストラリア、シンガポール、香港など)では、TOB案件で利用されるScheme of Arrangementという法定のスキームがあり、裁判所の関与の下、買主側のDDで必要となる情報の開示などもなされるため、このような案件では従来から本保険の利用が可能であった。他方、このような法定スキームがない国々では、上記の問題があり本保険の利用検討が難しかった。
③ 国内保険会社のスタンスの変化
TOB案件は、一般的に案件サイズも大きく、保険会社にとっても魅力的な案件である。したがって、上記3①②の問題さえ解消できれば引受を検討したいという機運が、昨年以降国内保険会社の中で高まってきた。
そのような中、①に関しては、買付者と大株主との間でTOB契約が締結される場合に加え、発行会社と買付者との間で締結されるTOB契約が締結される場合でも本保険の引受が可能となる事例も出てきている。なお、発行会社の表明保証を前提に本保険の引受が行われるにあたっては、一般的には保険会社は表明保証違反が発行会社の詐欺・隠ぺいなどの行為に起因する場合は、買付者に保険金を支払うのと引き換えに、発行会社に対する代位求償権を取得することとなる。そのような中、国内の一部の損害保険会社は、詐欺・隠ぺいがあった場合の代位求償権すらも、放棄が可能な状況となっている(外資系保険会社の場合は不可)。
次に②のポイントであるが、こちらに関しても国内保険会社のスタンスは柔軟になっている。TOB案件では、各保険会社に概算見積りを依頼する段階で、買付者および買付者側のアドバイザーから以下のポイントをまとめたサマリーを提出してもらうこととなる。
- 買付者側のDDに必要な情報が大株主や発行会社側から提供されているか
(VDRにアップされているか)。
- 受領した情報や売主・発行会社との質疑応答をベースに他の非公開会社の案件と同等のレベルでのDDが行えているか。
このサマリーを見た上で問題ないと判断した保険会社からは、概算見積りが提示される。また、これらの点に関しては再度引受審査の段階でも保険会社側からの確認が入る。審査の結果、保険会社が他の非公開会社の買収案件と比べても遜色なしとの結論に至った場合には、TOB案件においても保険の引受が可能となっている。