このようなマーケット状況を踏まえ、PEファンドがポートフォリオカンパニーをエグジットする際に、表明保証保険・国内M&A保険の活用を前提にオークションを行うことが、ごく当たり前のように行われるようになった。特に、Sell-Buy Flip(以下「SBF」)といわれる、売主が買主用表明保証保険の手配を途中まで進め、その後、手配の主体を買主に移行(flip)させ、買主側で付保完了に向けての残りの作業を進めるという手法を用いて、ポートフォリオカンパニーのエグジットが行われる機会が、格段に増えている。SBFの導入により、売主側で既に一定のプロセス(概算見積りの取得、保険会社の選定など)が完了しているため、買主側での保険手配のプロセスを短縮し、且つスムーズに進めることができる。売主にとっても、引き受けが可能な保険会社の有無・調達が可能な限度額・引き受けの審査が可能な入札者の数・引き受けの審査のタイムラインなどを事前に把握することが可能となるため、保険の活用を前提としたオークションのプロセス設計を行う上で、独占交渉期間の設定やSPA締結のタイミングを売主側でコントロールしやすくなるという大きなメリットがある。
4.Tax Liability保険の普及
M&Aや不動産の取引の際に顕在化した、税関連のリスクに対して補償を提供するTax Liability保険は、欧米では早くから普及していた。アジアにおいても複数の保険会社がTax Liability保険の引き受けの審査を行うアンダーライターを採用しており、域内(特にインド)で発行される保険証券の数は増加傾向にある。マーシュにおいても、シンガポールで大手税務会計事務所出身の専門家を採用し、アジア全域において積極的な営業活動を行っている。
そのような中、国内においても繰り越し欠損金の活用、みなし配当金の益金不算入、デット・エクイティ・スワップ、租税条約などにより発生する、税関連のリスクに対する保険商品のニーズが確実に高まっている。そのような状況を踏まえ、国内においても一部の保険会社が、Tax Liability保険の引き受けを検討しており、当該保険の引き受けにも活用できる約款を準備する動きがみられる。
現行のTax Liability保険の引き受け手の大半は海外の保険会社であり、これらに引き受けの審査を依頼するためには、税務アドバイザーが作成した英文でのオピニオンレターが必要となる。現状の海外の保険マーケットでは、英文でレターの取得が可能であれば、400~500億円程度、或いはそれ以上のキャパシティの確保が可能と思われる。
一方、国内の法人税法上の税務リスクに対して保険の活用を検討する場合は、国内の付保規制に注意する必要がある。具体的には、保険業法186条により、日本国内に所在するリスクに対して、海外の保険会社による直接付保は禁じられている。従って、国内の法人税法上のリスクに対して保険の活用を検討する場合は、法規制を踏まえたストラクチャー面での検討が必要となろう。
5.その他のM&A関連の保険商品
また、海外においてもまだ一般的ではないが、M&A取引における特定の偶発債務(係属訴訟等)に起因する買主の経済的損害を補償するような偶発債務保険(Contingent Liability Insurance)も、アジア域内で手配された実績がある。
このような保険が合理的な保険料で普及する上では、既に普及している表明保証保険のように、保険会社の取り扱い件数が増大し、保険会社が大数の法則をベースに引き受けの審査が行えることが前提となる。
マーシュにおいても、シンガポールのPEMAチームに当該保険の専門家が加入しており、日本に所在するリスクについての保険の活用の検討を、始めようとしている。
今後とも、M&Aの際のDDで既に検知されているリスク、顕在化した場合の損害額の想定が難しいリスクに対して、保険商品が更なる進化・発展を遂げていくことを期待したい。