2022年9月14日
損害保険は企業のリスクマネジメントの一環として購入される金融商品で、企業をさまざまなリスクから守ることを目的としたリスク転嫁の代表的な手法です。
欧米では、「発生すると企業が財務上、大きな損失を被るようなリスク」だけを転嫁し、「高い頻度で発生が想定され、損害額もある程度予想できるリスク」については、損害保険を購入せずに企業が保有することが一般的です。たとえ保険を購入しても、免責金額(その金額以下の損害の場合には保険金が支払われない保険契約)はかなり高額に設定されます。
しかし、日本企業の損害保険の購買姿勢は自由化後もあまり変わっておらず、多くの企業は例えば建物のガラスの破損のような、企業のバランスシートに大きな影響を与えないリスクに対しても損害保険を購入していることが多くみられます。
また、欧米の大手企業には、「リスクマネジャー」という職種が、各種のリスクによる不測の損害を、最小の費用で効果的に処理するためのマネジメントを実践しています。
それらの企業ではリスクマネジャーが全世界の事業所のリスクを一元管理しており、保険の購入も、全世界の事業所が直面するリスクを対象に一括して行われることが通常です。また、企業のバランスシートに大きな影響を与えるリスクに対しては、事前にコストをかけて防衛する対策をとっています。
一方、リスクマネジャーを持たない企業では、保険の購入は国や地域、事業部ごとの判断で行われ、リスクマネジメントに関してグローバルレベルでのアプローチができていない場合が多く見受けられます。リスクマネジメントとリスクファイナンス(リスクの保有と転嫁という財務面での判断)について責任を持って意思決定する部門がなく、リスクマネジャーの採用も行われてこなかったからです。
日本企業では、地震などによる大損害への事前の財務的な手当ては優先度が低く、むしろ損害発生後の復旧に重点が置かれています。欧米企業が地震で甚大な損害を被った場合、地震保険に加入していなければ経営者は株主等から厳しい追及を受けますが、日本ではあまり責められず、株価への影響も軽微に済むことも多いようです。このことも欧米と日本の企業のリスクマネジメント体制の違いに影響を与えていると思われます。
欧米と日本でのリスクマネジメント体制の違いとして、大きく次の3点があります。
日本企業では通常、本社はリスクマネジメントに強力な権限や財務上の責任を持ちません。そのため、リスクや保険に関する全社的なガイドラインが設定されていない場合が多く、保険の購入に関する意思決定は各国・各事業部の判断に委ねられています。その結果として、グローバルレベルでのバランスシート保護のための優先課題の洗い出しが不十分なケースが目立ちます。
中央集権的なリスクマネジメント体制を敷く欧米企業では、各国・各事業部への保険料の配分はリスクマネジャーの責任と権限で行われます。一方、日本企業ではリスクマネジメントに関する意思決定は社内のさまざまなステークホルダーから影響を受けます。そのため、会社全体の合計保険料が大きく下がるような提案でも、特定の国や事業部の保険料が上がるものだと、全体の賛同を得ることが難しく、グローバルベストという観点での運用に課題があります。
また、海上貨物保険はロジスティクス部門、会社役員賠償責任保険は法務部、上乗せ労災保険は人事部が担当するなど、リスクに対して異なる部門が責任を持つことから、リスクの集約や部門を越えた協力関係が構築されにくい構造があります。
日本ではファイナンスの課題であるはずの保険・リスクマネジメントに対して、財務経理部門が主導権を発揮できていません。今後、日本企業がグローバル・スタンダードに準拠したリスクマネジメント体制を構築するには、財務経理部門が主導して権限・予算・人材を備えた中央集権的な組織を作ることが必要です。
このように課題の多い日本企業のリスクマネジメント体制ですが、最近は少し情勢が変わってきました。グローバルに展開する日本企業では、グローバルレベルでのリスクマネジメントを実践するために、リスクマネジメント部門の強化とリスクマネジャーの採用・育成を図る動きが見られるようになっています。