日本では、多くの企業が企業グループ内に保険代理店を持ち、その代理店を通じて保険を手配している。
企業内保険代理店(インハウス代理店)は、かつて保険料が均一だった船団方式の時代に普及したもので、企業は保険代理店を内部に設置し、代理店手数料を得ることで損害保険のコストを削減していた。1996年に保険料自由化が実現した後も、インハウス代理店は保険料の下落により収入が減少することを懸念し、親会社の保険コスト削減に積極的に取り組まなかったため、十分な機能を果たせてこなかった。また、難しい課題は保険会社任せにしていて、リスク管理ノウハウの乏しい企業内保険代理店も少なくない。
今年の4月と6月に金融庁が開催した「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」でも企業内保険代理店に関する課題が議論された。具体的な論点としては、企業内保険代理店の機能向上や独占禁止法への対応、報酬体系や特定契約比率規制*の見直しなどが挙げられた。法改正や指針策定の発表を待つ必要があるが、企業は企業内保険代理店の位置づけを検討する必要がある。
*親会社など資本関係のある企業の契約の取り扱いが一定以上となった場合、保険料の割引が実質目的とみなし廃業などの措置が取られるもの
さらに、事業会社自体はグローバル化に伴う事業構造の変化や、事業環境の多様化・複雑化に伴う新たなリスク(サイバーリスク、地政学リスク、自然災害など)への対応を迫られている。これまで以上に、適切にリスクを特定し、計測し、管理し、処理(軽減、保有またはヘッジ)することが求められている。
企業内保険代理店を売却することによって期待できる効果は以下の二つである。
企業内保険代理店の収益構造は企業保険と従業員向け保険の手配による手数料収入である。手数料は保険種目により異なるが概ね保険料の10-20%で設定されている。
企業内保険代理店の売却額は多くの場合、年間手数料の1.5~2倍程度であり、売却益は事業会社本体の年間保険料の15%~40%に相当する。例えば、売上高1000億円の製造業では年間2億円程度の保険料を支払っていると想定され、売却益は30-80百万円となる。また、前述のように、企業内保険代理店は従業員向けの保険を手配している場合が多く、この分野は、利益が少ない割に工数がかかり、比較的多くの従業員をかかえている。
事業会社が活用する保険には、火災、地震、物流などに関わるリスクを対象とした財物保険と、事業や役員を対象とした賠償責任保険などが存在する。これらの保険は非効率・非合理的な組み合わせが散見され、近年の自然災害の増加などを受けた保険料率の高まりへの対処が求められている。グローバル展開する企業では、各国の保険手配が把握されていないなど、ガバナンス上の課題がある。さらに、最近ではサイバーリスクや環境汚染リスクなど、新たな複雑なリスクにも対応する必要がある。
企業内保険代理店の売却時に注意すべき点は2つある。売却先が求めてくる保険契約の複数年にわたる拘束と従業員の取り扱いである。
前述の通り、保険代理店の収益は年間手数料の10-20%で設定されている。また、企業内保険代理店の手数料は本体事業会社の保険手配によってのみ生じる。そのため、売却先は将来の手数料収入を確保するために、買収金額を回収できる期間(5年〜8年)の契約を要求することがほとんどである。
しかし、このような条件を受け入れると、売却先保険代理店には事業会社向け保険の効率化やコスト削減のインセンティブがなくなり、事業会社のコスト削減やリスク管理に悪影響を及ぼすことになるため、将来を見据えて慎重に検討すべきである。
また、企業内保険代理店の従業員の扱いも重要である。企業内保険代理店は本体事業会社の役員の受け皿となっている場合もある。売却時には財務的な観点だけでなく、人事的な観点からも検討する必要があるため、売却検討の初期段階から財務・人事の両側面で熟考されたい。企業内代理店の売却については、デューデリジェンスの段階から、企業価値向上(バリューアップ)やコスト削減の手段として検討されることをお勧めする。
マーシュは、投資先企業の企業価値向上(バリューアップ)とコスト削減に以下の2つの方法で貢献できると考えている。
1. 企業内保険代理店のM&A:マーシュは投資先企業の企業内保険代理店をその従業員を含めて買収することで、貴社にとっての売却益や将来の人件費削減を実現する。
また、買収後には、世界最大の保険仲介会社としての強みを活かし、保険会社との価格交渉力や再保険マーケットへのアクセス、リスクアドバイザリーのノウハウ、ベンチマークデータなどを活用して、本体事業会社のリスクマネジメント力を強化する。
2. 保険契約の引受け:企業内保険代理店の売却を行わない場合でも、マーシュは本体事業会社の保険契約を見直し、保険の効率化やコスト削減などを支援する。
また、継続的なサービス提供を通じて、事業会社のリスク管理も強化する。